痛い目に遭うことは悪い事じゃない

スピリチュアル
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一見ネガティブに見える出来事でも

見方を変えれば貴重なギフトなのだと気づきます。

もちろん誰でも, 失敗や怪我・病気、リストラ、離婚などの

ネガティブなできごとを経験したくないと思います。

それでも、痛い目にあったからこそ得られることもあるのです。

 

例えば、歯医者に行って奥歯の治療を受けたとしましょう。

麻酔を打たれ、ドリルで削られます。

頭にドリルの音がガンガン響きます。

麻酔を打っているので、痛みはないにしても

恐怖と戦わなければなりません。

治療が終わった後は、麻酔が切れて痛みが出てきます。

その日だけは治療した歯と反対側の歯で噛むようにしなくてはいけないので

食べにくいですし、味も感じにくいです。

 

そんな時、どう思いますか?

ただ、「痛いし、不便だし、もういや!!!」

と不満と怒りで満たすこともできますし、

「もうこんな目に二度とあいたくないから、

これからは歯磨きをもっと丁寧にしよう」

「歯があることは、なんてありがたいのだろう」

「両方の奥歯で噛むことができるのは、なんて便利なんだろう」

「痛みがないって、こんなにいいことだったんだ」

「歯医者にかからずに済めば、お金もかからずにすむんだ」

 という具合に、普通の状態(当たり前の状態)

がどれほどありがたかったかを気づくチャンスでもあるのです。

 

普通がどれほどありがたいかを知ることができたとき

人生で最も大きな学びができたことになります。

 

普通であることは、本当はものすごく幸せなことなのです。

 

でも、人生を生きていると、普通の事が当たり前になって

ありがたみを感じなくなってしまいます。

健康が当たり前、

両親がいて当たり前。

仕事があって当たり前。

パートナーがいて当たり前。

お金があって当たり前。

 

 

全て、失って初めてそれらの大切さに気付くのです。

 

普通の状態がありがたいということに気づけたら

毎日が幸せな気持ちで過ごせます。

毎日を満たされた気持ちで過ごせます。

毎日を心穏やかに過ごせます。

 

ちなみに、私は過去に大きな手術をしたことがあります。

患者は手術前に手術におけるあらゆるリスクの可能性について知らされます。

1%にも満たないリスクについても

まるで起る可能性があるかのように言われます。

手術を受けるだけでも相当な恐怖なのに

その手術そのものよりも恐ろしい情報をきかされるわけです。

そのリスクを聞かされたとたん、

病院の窓から逃げ出したい気持でいっぱいになりました。

 

その時に思ったことは

「これに比べたら、人間関係の問題なんて小さなものだ」

ということです。

 

そうなんです

人生でもっとつらい試練に遭遇すると

今までつらいと思っていたことが

何でもないことに思えます。

 

でも、痛い目にあってからでは遅いので

普段から、「自分は満たされている」

「何もないことはありがたい」

と満たされていることに目を向けて

穏やかで平和で満たされた心の状態でいられたら

痛い目に遭わなくても済むのです。

 

普段の生活をしていると

なかなか「ありがたい」という気持ちにはなれないのですが、

もし「痛い目」に遭ったならそれがチャンスです。

これを機に、「痛い目」に遭っていなかったときを思い出して

それがどれだけ「ありがたかった」かを感じて下さい。

そして、今その他の「普通の状態でいられること」に目を向けて

ありがたいな~と感じて下さい。

 

これが幸せを引き寄せる基本であり、

ピンチをチャンスに変えることができるのです。